中京大中京の新エース・長谷部はあの杉田玄白の子孫だった!(家系図あり)

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和歌山国体もいよいよ明日が決勝。
決勝のカードは東海大相模vs中京大中京となりました。

その中京大中京の準決勝に先発したのが、新チームのエース、2年生左腕の長谷部銀次投手です。
この長谷部投手、先祖はあの杉田玄白とのこと。

中京大中京(愛知)が逆転勝ちで決勝進出を決めた。0-3の2回、U18(18歳以下)W杯日本代表の伊藤寛士捕手(3年)がソロ本塁打を放つと、8番内藤諒一外野手(… – 日刊スポーツ新聞社のニュースサイト、ニッカンスポーツ・コム(nikkansports.com)

情報源: 中京大中京が決勝!杉田玄白の子孫・長谷部が完投 – 高校野球 : 日刊スポーツ

「あれ?杉田玄白って誰だっけ?確か日本史の授業で習ったけど…」

Wikipediaによりますと…

杉田 玄白(すぎた げんぱく、享保18年9月13日(1733年10月20日) – 文化14年4月17日(1817年6月1日))は、江戸時代の蘭学医。若狭国小浜藩医。私塾天真楼を主催。
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明和8年(1771年)、自身の回想録である『蘭学事始』によれば、中川淳庵がオランダ商館院から借りたオランダ語医学書『ターヘル・アナトミア』をもって玄白のもとを訪れる。玄白はオランダ語の本文は読めなかったものの、図版の精密な解剖図に驚き、藩に相談してこれを購入する。偶然にも長崎から同じ医学書を持ち帰った前野良沢や、中川淳庵らとともに「千寿骨ヶ原」(現東京都荒川区南千住小塚原刑場跡)で死体の腑分けを実見し、解剖図の正確さに感嘆する。玄白、良沢、淳庵らは『ターヘル・アナトミア』を和訳し、安永3年(1774年)に『解体新書』として刊行するに至る。

そう。ドイツ人医師クルムスの解剖学書のオランダ語訳書『ターヘル・アナトミア』を江戸時代の日本で翻訳した「解体新書」の著者です。

家系図は↓の通り。

スポニチアネックスより引用)

家系図内の「乙骨太郎乙」という人も気になります。